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2006年8月31日 (木)

黄金比がなぜ美しいとされるか、数学的答え

北川成人氏の「モデュロール考」について、その2.

「黄金比がなぜ美しいとされるか、数学的答え」が「モデュロール考」の中にあると、北川氏はいいます。

黄金比が美しいとされるのは「入れ子構造」になっているからだとのことです。北川氏によると、「入れ子構造」とは具体的には、黄金比(x=(√5+1)/2)が連分数で表せることと、縦横が黄金比でできた長方形は、相似の長方形を次々と内に作っていく相似性を持っている、ことを指しています。

う~ん、これが黄金比が美しいとされる数学的答え、そういわれても私にはよく分かりません。

Gsec 言われているのは、右の図のことでしょう。確かに黄金矩形を黄金比で分割していくと、相似の四角形が内側に現れてきます。相似形が内包されているから「入れ子」になっているとは言えそうです。だけれど、どうして「だから美しい」のでしょうか?

相似形を連続的に内包する図形は、何も黄金比でなくても描くことは可能です。

Renまた、x=1.618・・・にならない連分数もあります。

北川氏の言葉を良く読むと、「黄金比が美しいことの数学的答え」とは言っていません。「美しいとされる」となっています。なるほど、人体が宇宙に内包されている相似形である、と感じるときに「美」を感じるのだとすれば、上のような図形や、連分数の形に「美」を見出す、ということなのでしょう。「美」は思い込みによっても感じられる、ということも北川氏の叙述には含まれるのでしょうか。

私は、黄金比を美しいとは感じませんが、絵や風景や音楽などを美しいと思うことはあります。何故「美しい」と感じるのか、知りたいと思っています。ずーっと考えていますが、よく分かりません。ただ、なんとなく自らの命の儚さを意識することがベースになっていそうだという気がしています。やがて儚く滅びる我が命と、共鳴する何か、その対極にある永遠や力強さを示す何か、を見たり聴いたりするときに、「美しい」と感じるような気がします。

黄金比を信奉する人が、人体(自分)と宇宙が同じかたち(相似形)で内包関係にある(入れ子構造?)と思い込むことで「美」を意識した、という解釈ならば、理解できないわけではありません。

でも、それは、黄金比でなくても「相似形」つまり単なる比、で良いことになるのです。

私が、黄金比に関するウソにこだわっているのは、黄金比でなくても比そのものが興味深く面白いのではありませんか、ということを言いたいためなのです。

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2006年8月29日 (火)

パルテノン神殿は黄金比に基づいて建設されたのか?

”「自然の中の黄金比=神秘」説のルーツ”に北川成人氏からコメントをいただきました。氏の「7.モデュロール考」の中に「黄金比がなぜ美しいとされるか、数学的答え」がある、とのことです。

とても面白い。北川氏の「モデュロール考」で論じられている黄金比について、何回かに分けて書きます。

第1回目は、「パルテノン神殿で見つけられる黄金比」について。

「パルテノン神殿に黄金比」説は、自然界のオウムガイと同じくらい良く使われる例証です。しかし、黄金比になっていることを示すために引かれる線が恣意的である、という指摘もあります。こちらのページ

それでも、1:1.6に近い長方形を見出せないこともありません。ただ、有効数字が3桁以上の正確さで黄金比になっている、ということではなさそうです。そうすると、人工の構造物ですから、建設する側に黄金比にする意図があったのか?が問題になります。もしあったとすれば、施工の精度の問題であり、パルテノン神殿は黄金比に基づいて建てられている、といえるのかもしれません。

北川氏の「モデュロール考」では、この点を否定しています。ギリシャ時代には比例が重視されたけれど、黄金比を使うようには奨励されていなかった。6と10という数字が特別の意味を持っていた。10は「完全・秩序・宇宙を表す」特別な数字、そして6は「自分自身を除く約数の和が元の数に等しくなる」という完全数のひとつ。この6と10との比がパルテノンに使われた、とのことです。6:10は1.666・・・で黄金比(1.618・・・)ではありません。

「細かいことを言うな、近い数値ではないか・・・」って?

いえいえこれは譲れません。現実にずれがあること以上に、6と10に特別な意味を持たせてその比を使っているとすれば、それはその比であって、黄金比ではないでしょう。

数が宇宙を支配するという数秘的な考え方で10と6とに神秘的な意味を持たせて、人体の中にその比を見出し、宇宙と人体が「入れ子構造」になっている、という独特な宇宙観にもとづいている、と説明されています。

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2006年8月26日 (土)

北海道のミラクル三題

駒沢苫小牧高校の甲子園

もう多くを語る必要は無いでしょう。夏2連覇の後、3連覇を目指して決勝戦へ。そしてあの熱闘の2日間。冬期間の練習条件、野球の実力の地方間格差、そんなことを言う人をなくしてしまった堂々たる姿。しかも、この3年の間に2度の不祥事を超えて・・・、もう文句なしのミラクル。

旭山動物園

「形態展示」から「行動展示」への切り替えで、廃園寸前からいまや日本一の人気動物園になっている。ここでも、公営や第三セクターの遊戯施設が次々と破綻していく中での、公営動物園の奇跡の再生。

つまようじブリッジコンテスト

2005bc10 千歳市の日本航空専門学校で行われている、つまようじで作った構造物の強度を競うコンテスト。昨年は、250キロに耐える作品が現れた。「つまようじ」という使い捨てにされる運命のものにも、アイディアと技術ですごいものができることを示した。

最後のは、手前味噌も強引すぎましたか? ワハハハハ・・・・・!

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2006年8月21日 (月)

駒苫VS早実戦を見ましたか?

数十年後にもこんな会話が色々なところで語られるのではないでしょうか。「見たよ!見た、見た、すごかったね・・・。」

苫小牧市民としては、駒沢苫小牧高校の3連覇の奇跡を見たかった。固く信じていた。でも早稲田実業の優勝で終わったこの2日間の熱闘は、それ以上の何かを見せてもらったような気がします。

昨晩江川卓氏は、「(再試合戦は)打撃戦になります。それでいいでしょう。」と投手としてのコメントを出していました。そうなってもおかしくなかった。もしくはどちらかが大崩をしてワンサイドゲームになる可能性もあったと思います。そうはなりませんでした。

「すごい!」それ以上の表現を持たないのが悔しいです。

地方大会のひとつの試合を思い出しました。

昭和62年だったと思うのですが、私の母校である釧路湖陵高校が、地区予選から北北海道大会の決勝戦9回まで1人の投手ですべて0点に抑えながら、甲子園に行けませんでした。確か決勝戦の相手は帯広北。延長戦の13回だったか14回だったか大崩をして大量得点をされて負けた、という試合です。その試合を見てはいませんでしたが、張り詰めていた糸が切れる瞬間、その投手はどんな空を見たのだろうか・・・と想像したものです。

この2日間の中にはそれはありませんでした。切れそうだったのは明らかに早実の斉藤投手・・・ときおり目がうつろになっていた。でも切れなかった。

そして、駒苫の田中投手。甲子園の試合が進むごとに表情が良くなっていました(青森山田戦あたりは“あれっ”と思うほど表情が良くなかった)。今日の最後の表情はとてもよかった。あのごつい顔によく似合う仏さんのような笑顔がありました。あの熱戦のあとにあの表情ができることがうらやましい。

駒苫ファンから言わせてもらいます。早稲田実業優勝おめでとう。

終わってみれば、駒苫にとって様々なことがあった3年間を締めくくるふさわしい、しかも光る未来を予感させる結末でしょう。めったに見ることのできないドラマを見せてくれて、ありがとう。

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2006年8月19日 (土)

駒大苫小牧がんばれ!

ブログなんてやっている場合じゃありません。駒大苫小牧、いい試合していますね。

北海道の奇跡です。

自宅が駒大苫小牧高校の近くというだけで、なんか嬉しいです。

駒大苫小牧高校の選手たちの顔が試合毎に引き締まってきているようにみえます。

苫小牧は、人通りが少ない。家々から歓声が聞こえます。

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2006年8月14日 (月)

Tensegrity構造

京都のO先生から教えてもらいました。引張材と圧縮材を組み合わせた構造で、引張材を連続体にして張力バランスを取り、圧縮材を不連続にしてひとつの構造体を構成します。

輪ゴムと木の棒を使ってテンセグリティを作る方法を紹介します。

Tensegrity_image0用意するもの。

木の棒6本 長さ10cmくらい、両端に5mm程度の切込みを入れておく。

輪ゴム6本

Tensegrity_image1 次の図のように配置します。XYZの軸方向にそれぞれ2本の平行棒を配置する感じです。

Tensegrity次に、(1)(2)(3)の順で輪ゴムをかけていきます。

輪ゴムのかけ方のバランスを少し変えると、全体の形がゆがんできます。

A1 ふわふわして面白い。こちらのページにはロッド12本のタイプや30本のタイプの写真が紹介されています。

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2006年8月12日 (土)

JAL123便御巣鷹山墜落事故から21年

ジャンボジェット旅客機が墜落して、520人が犠牲となった事故から今日で21年です。

21年前の夏、私は北海道石油共同備蓄基地のはじめてのタンク開放(T-8)工事が大失敗して、その後始末を文字どうり不眠不休で取り組んで、へとへとになってやっと終わったところでした。24時間の現場仕事のあと8時間休んでそれから36時間の連続作業・・・それが終わりではなく地獄の1丁目でした。そのときそれぞれの立場で力をつくした人たちには、変な友情のようなものが生まれました。その後、タンク開放工事の革新を成し遂げるエネルギーになりました。

非破壊検査にかかわってきましたから、JAL123便の事故とその原因については関心を持ってきました。事故調の報告書の不徹底さから、巷には原因に関する「諸説」が流されています。怪しい珍説もたくさんあります。

今年発刊された1冊の本を紹介します。

寺田博之著「わかりやすい構造破壊の防止技術-破壊力学の基礎から学ぶ」(養賢堂)です。筆者である寺田氏は、元航空宇宙技術研究所(NAL)業務部長で、航空機構造破壊の専門家です。ボーイングの修理ミスが実際に破壊事故につながるかを、世界で最初に計算で明らかにした方です。事故調の委員の中には、この計算をできる人はいなかったそうです。

この本の中を注意深く詠むと、数箇所に分散して123便の事故について記述されています。この事故の破壊力学による解析結果を、最前線の研究者が明らかにしている、という点だけでも本書を読む価値があります。

何の知識のない人にとって「わかりやすい」かどうかというと、そうではありません。ただ、破壊力学の現状を実際の現場で、ごまかすことなく明らかにしているという点で「わかりやすい」と思います。

寺田氏は、この本に関する私からの質問に実に丁寧に答えていただきました。破壊力学をどのように勉強していくか、方向は分かってきました。

ただ、現状の破壊力学がき裂のある部材を、現場の技術者が実際の構造部材を前にして評価していくというところまで成熟はしていない、ということも明らかになりました。123便でのき裂の進展とその破壊に関する計算が、材料は航空機材料としてはよく使われるものであり、荷重条件としてもそう複雑でもないにもかかわらず、寺田氏クラスの研究者にしかできないという点に、破壊力学の現在があると思います。寺田氏のこの本の執筆意図は、このような現状に穴を開けたい、というところにあるのだと思います。

失敗から学び、再び繰り返さない、地道な男たちの奮闘のひとつがここにあります。

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2006年8月 8日 (火)

超音波探傷入門

超音波探傷をはじめとした非破壊検査が本業です。

技術者教育を模索する中で、はじめて超音波探傷を学ぶ人のためにソフトウエアを作リました。(社)日本非破壊検査協会から「超音波探傷入門」というテキスト本とともに発売されています。

Book超音波探傷に必要な基礎知識を、CG・アニメーションを使って、クリックしながら双方向で学べるようにしています。

また、垂直探傷や斜角探傷をパソコン上のバーチャル探傷器を使って体験できるようになっています。

Ut51航空機の材料に複合材が使われるようになって超音波探傷の重要性が増しています。発電所などでも損傷許容設計の考え方を採用するようになって、ここでも超音波が活躍します。

検査技術者になる人だけでなく、構造の安全にかかわる人、関心がある人は、超音波探傷について概要を知っていてほしいと思います。

詳しくはこちらに

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2006年8月 7日 (月)

「自然の中の黄金比=神秘」説のルーツ

この黄金比は,人間がつくり出したのではなく,自然界にも多く存在し,科学的な理屈だけでは証明できない神秘的なものである。」といった見解があることを以前に紹介しました。ほんと?ではどこにあるの・・・と疑いの目を向けると、とたんに怪しくなります。実際に調べたものはほとんどない。単なるうわさの類のようにみえます。今日は、黄金比=神秘説のルーツについて。

「ダ・ヴィンチ・コード」に記述がある(角川書店 上のPP128-133)のはよく知られています。世界的なベストセラーの中で、ハーバード大学での授業場面として言われています。また、「著名な数学者」である秋山仁氏がテレビ番組で言っています。

有名大学の先生たちも、いっています。

例えば、慶応大学の脇田玲 氏の「デザイン言語基礎論」(黄金比:自然の美しさ )。講義がビデオで公開されています。この方は、「自然の中の黄金比」については実証はせずに写真を見せて「黄金比は自然の中にある。だから人間はそれを美しいと感じる」と展開しています。自然の中にある黄金比以外の比とは区別されて、なぜ黄金比が美しいと感じるのか、という点については触れていません。

もうひとつの例。北海道大学大学院理学研究科教授新井朝雄氏の「数学と自然と芸術」。この中に、こんな記述があります。

「黄金比は自然界では、特に、生物界と関連して現れています。たとえば、植物の葉序(葉の つき方)、巻き貝の螺旋形態、鹿、魚、人間の形態において黄金比あるいはその近似的出現(フィボナッチ数列)が見られます。 こうした事実と芸術が精神と魂の生命の発露を伴ってい ることを考慮するならば、高次の生命の理念と黄金比が何らかの関係があるようにおもわれます。私にはこれはたいへん興味深い照応のように感じられます。」

この方も実際に調べもせずに、「高次の生命の理念」なるものにに結び付けています。この方「極方程式の定数」を知らないわけでもないでしょう。『「かえるは動物である」また「ウサギは動物である」したがって「かえるはウサギである」』というのは間違いである、ということも知らないはずがない。

これだけの人が言っているのだから、「・・・といわれている」といっちゃってもいいかという気分になります。

でも違う、といい続けてきました。最近理解してくれる人も現れてきました。「黄金比じゃなくても自然は成長する」。

前置きが長くなりましたが、黄金比=神秘説のルーツを探していましたら、「といわれている」といった噂話の類ではなく、文献を紹介しているページを見つけました。大成建設の北川成人氏のページです。このHPにある「黄金比伝説」。

北川氏によると、黄金比という言葉が使われ始めたのは19世紀に入ってから。ドイツの美学者ツァイズィングが「人体比例新論」(1854)を著し黄金比とともに人体の神秘性.を鼓吹した、といいます。

それ以前では、ルネサンス期に「神聖比例論」(1498)や「建築書」(1509)でルカ・パチリオが、「正五角形は完全無欠の宇宙や美の象徴」と考え、円に内接して五角形をなすウイトリウィウス的人体について記しており、レオナルド・ダ・ヴィンチらによって描かれた、ということです。

さらにそのルーツは、「宇宙は数の神秘に支配されて調和をと保っている」としたピタゴラス学派(正五角形を学派の象徴として紋章にした)までさかのぼれます。正五角形には1.618・・・の比はあります。しかし、ピタゴラス学派が自然の中に黄金比がある、といったわけでも、黄金比が「美」の根拠といったわけでもありません。

以上を図式的にまとめると・・・

数の神秘→宇宙の調和 ピタゴラス学派(ギリシャ時代 紀元前)

五角形→宇宙や美の象徴→ウイトリウィウス ルカ・パチリオ(ルネサンス期)

黄金比→人体の神秘性 ツァイズィング(19世紀) 

ツァイズィングやそれを引き継いだというジェイ・ハンビッジらが、どのような実例で「黄金比を発見」したのかは分かりません。きちんとしたものならどうしてそれがデータとして語り継がれないのか、不思議です。1:1.3や1.5になるものを「黄金比」などと数学者たちが言うのでしょうか。

Manツァイズィングが「人体比例新論」を書いた19世紀半ば、というのは自然科学が発達し産業革命が進行し、そのほころびが出ていたころです。1858年にはダーウィンの進化論が発表されます。

ところで、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたウイトリウィウスでは、へそが円の中心になっています。「へそまでの高さ」対「身長」はおおよそ1対1.6(1:1.642)になっていますが、他はそうなっていません。(「ダ・ヴィンチ・コード展」)また、手先・足先が円と接する点では、五角形ではありますが、正五角形にはなっていません。

私は、数学の先生たちが、あいまいな印象から事象を解釈していて、見逃してはいけないズレに無頓着になっているようにみえます。

そもそもおおよそ1:1.6になっている例をたとえいくつか示すことができたとしても、だから「神秘」とか「高次の理念」だとかにどう論理的に結びつくのかも、何の説明もありません。「はじめに答えありき」としか見えません。

ま、自分の体をどう見ても「黄金比」などにはなっていない、オジサンのへそ曲がりなたわごとでした。

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