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2007年4月13日 (金)

日テレ番組の安易 「エコーの開発」物語

日本テレビ系列の「未来創造堂」で、胎児の超音波診断装置「エコー」の開発物語をやっていました。

悪い予感が当たりました。技術の開発物語を取り上げるのに、何が問題であったのかについての「うそ」はすべてを台無しにします。

振動子から発せられる超音波の反射波(エコー)を、横軸(時間経過)と縦軸(音圧)として波形表示させる「Aスコープ」から、人体の内部が直感的にわかる断面画像を得ることが、はじめてこのとき行われたかのようなストーリーになっています。しかし、超音波による人体の断面画像を得る装置は、1954年にアメリカのJ・ワイルドが開発に成功しています。ワイルドは15MHzを使っていたため、減衰が大きく表層部しかか見えないものでした。

1950年には、現在も使われている5MHzの周波数で、和賀井らが超音波断面画像が得られる装置を作っています。(事前の研究はこちらに少し書いています。)

以前にも書きましたが、和賀井たちがなぜ5MHzだったかというと、和賀井の友人が石川島造船にいて、その協力を得て鋼の溶接部を探傷する装置を使って研究をしていたからでした。(偶然の妙)

Aloka この物語は、1962年から65年にかけての話です。和賀井はこの物語の主人公竹内と同じ順天堂大学ですし、装置を開発したのは現在のアロカ(株)ですから、このアイデアは明らかに既知だったのです。

胎児診断には、羊水中に浮かぶ胎児から得られる超音波信号が単純ではなかったところに難しさがあったはずです。音速が変化するところで直進せずに屈折して曲がることや、音響インピーダンスが大きく変わらないことから境界からのエコーが小さい、といった点です。竹内久彌と重山貞夫らは、超音波を胎児診断に適用するというアイデアの元に、その困難を解決して、現在普通に行われる胎児の超音波診断につながる礎を築いたのです。

開発者に対する敬意は、その人が解決した課題そのものを想起することが出発点だと思うのです。

すごそうに見せる(番組制作者が描いたストーリーの)ために、先人の業績までその人にあるように描くのは、私は失礼だと思います。

私は、マスコミのこのような安直な「科学技術」に対するかかわりを、「ニセ科学」より以上に腹立たしく思います。担当した制作者は取材をしたのだから、知らないはずがないのです。

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東山紀之が「日本人はすごい発想を持っている」といっていたけれど、そのような印象を持った若者が多いかもしれません。実はAスコープの断面画像化は10年近く前にアメリカ人がやっていたこと、と知ったとき、どのように思うでしょうか。日テレのうそにあきれるだけなら良いのですが、日本の技術者たちの苦闘までもが、省みられなくなることを心配します。

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コメント

この番組は、こういう「技術・技能の熟成」ということに対して並々ならぬ熱意を持つH自動車の1社提供ですよね。これまずいぞ・・・・

但し一つ可能性があるのは、このような技術的話題を広報・商品企画部門同伴で行うと趣旨が変わることを平気で言う人が(単にしらないという理由で)言ってしまう可能性があり、制作会社が鵜呑みにしているという、可能性はありますよ。

投稿: デハボ1000 | 2007年4月14日 (土) 07時34分

SUBALさん デハボ1000さん こんにちは

私は録画したものを今見たところです。創造性を尊重するとは先立つ成果を尊重するのが第一歩ですね。

夏休みの自由研究をお父さんに手伝ってもらったのに「自分でやった」と言っているようなものです。

投稿: 271828 | 2007年4月14日 (土) 10時00分

デハボ1000さん 271828さん おはようございます。

>技術的話題を広報・商品企画部門同伴で行うと趣旨が変わることを平気で言う人

多分これでしょうね。理解していない人が「わかりやすく」しようとするときにおきる。
私のところへのTVの取材でも「段ボールのぎざぎざはトラス構造と説明したい」と何度もいってきて閉口したことがあります。熱心でしたけれどね。「軽くて丈夫」「かたちの工夫」という抽象レベルなら良いけれど「ダンボール=トラス」はだめだ、と何度も「説得」した経験があります。このTV局は確認をしてきたから、このやり取り自体がだめとは思っていません。

>夏休みの自由研究をお父さんに手伝ってもらったのに「自分でやった」と言っているようなものです。

この例で言うと、夏休みの宿題で

「学研」の雑誌についてきたピンホールカメラを使って、先例がない「パノラマ写真」を撮る工夫をしてきた子供がいたとして、先生か親が「この針の穴で写真を撮る、こんな画期的なことをこの子はしたのです。すばらしいです。」と紹介しているようなものだと思います。

投稿: SUBAL | 2007年4月14日 (土) 10時49分

はじめまして。まっっったくの門外漢ですが、失礼いたします。質問なのですが、番組では当事の超音波診断が線の表示しかできず、二次元画像として見ることができなかったと説明されていました(線だけを示すレントゲン(?)のようなものを医師が手にしているショットもありました)が、実際は二次元画像の表示にはすでに成功していたということでしょうか?

投稿: ファイア− | 2007年4月19日 (木) 05時07分

ファイア− さん ようこそ

>実際は二次元画像の表示にはすでに成功していたということでしょうか?

その通りです。記事にも書いていますが、超音波信号の二次元画像化技術を胎児の診断に使う研究と開発が、このとき行われた、そういうことですね。

投稿: SUBAL | 2007年4月19日 (木) 19時36分

SUBALさん、どうもありがとうございます。
付け焼き刃の知識でお恥ずかしくまた申し訳ないのですが、竹内氏は従来の医療現場でのAモードによる超音波診断に対し、Bモードも使った産婦人科での超音波診断の二次元画像表示にはじめて成功した人、と考えてよいでしょうか?(http://www.ob-ultrasound.net/japan_ultrasonics.htmlを参照しました)
もしドラマ中に「超音波検査における二次元画像表示はすでにワイルドらによって開発されていた」というようなひとことがあれば、問題はなかったと思われますか?
しつこくおたずねばかりしてしまって、申し訳ありません。

おっしゃるように、「わかりやすく」することの難しさかなあという気がします。私は、日頃知りえない技術者や専門家の方々の情熱、苦闘をかいま見れるこの番組が好きなので、課題があれば誠実に解決してより良い内容にしていってくれたらと思います。

投稿: ファイア− | 2007年4月20日 (金) 04時47分

ファイア− さん こんばんは
よくこのページを見つけましたね。
Aモードというのが、線で表示された絵のことです。横軸が時間=距離をあらわし、縦軸が音圧をあらわしています。Bモードというのが、Aモードの情報を輝度変換をして並べる断面表示です。
その知識を持って、この資料をもう一度読んでみてください。
1955 A-mode and B-mode diagnosis applied to breasts, limbs, abdomen, gall-bladder, heart and lungs, Juntendo.

1960 Aloka® produced their first commercial medical B-scanner, the SSD-1 (water-bath).

この資料は日本だけの話ですが、1955年にBモードの装置は開発されて、1960年にはアロカから装置が商品として発売されているのです。
竹内らの研究は1962年からです。
この資料の正確さを詳細には検討していませんが、この歴史経過は私の持っている資料と一致します。

いま、超音波診断装置で一番活躍しているのは胎児診断でしょう。その意味で竹内氏らの研究と開発は時代を変えるものだったことは間違いありません。
でもそれは、Aモードの断面画像化(=Bモード化)そのものではないのです。

投稿: SUBAL | 2007年4月20日 (金) 21時52分

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