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2007年4月12日 (木)

ジェットエンジン開発のはじまり

IHI田無工場が50年の歴史を閉じて、相馬に移転したことを先日書きました。「土光の愚挙」といわれながら、田無の工業用地を土光氏が確保したのは、空気がきれいだったことが大きな要因だったとのことです。土光敏夫氏は、ガスタービンの技術者でした。土光氏には、まだ間に合うとの判断があったものと思われます。

昭和20年(1945年)8月7日に、ジェットエンジン「ネ-20」の開発に成功して、橘花に搭載されて初飛行に成功しているにもかかわらず、敗戦とその後の占領政策によって航空にかかわることが禁止されて、ジェットエンジン開発が頓挫せざる終えなかった悔しさと、技術技能の継承がまだ可能である、と・・・。

Kisarazu  橘花が初飛行に成功した木更津の飛行場は、現在羽田空港への進入路の直下にあります。私は、北海道から上京する際は、左側の窓席を取って、みていきます。

1252004910nakajima_kikka_fig2_crew おそらく初飛行成功の日の写真。開発にかかわった人たちでしょう。

Ne209 ネ-20の3DCG、後方からのショットです。

     

     

                                 

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